例えば慶熙大学との試合は全く相手チームに関する情報がない状態で試合をしました。
そういった試合では試合中に戦略を練るなどのその場その場の適応する力が試されます。
その力が今の立教にあるのかがわかったりもします。
普通試合をする場合あらかじめ、ある程度の相手チームの力や戦い方が分かっています。
自分達の戦い方に対して相手の攻め方を知っているので、
こちら側からのアプローチが出来るし監督・コーチからアドバイスがもらえます。
情報がないチームと試合をする場合、どうやって攻めたり守ったりするか分からないから試合中の全ての判断を自分達でしなければいけません。
80分の短い時間の中で対応する事が出来るか?が試せるからから楽しいです。
菅平でしか出来ない事だと思います。
学年が3年生にあがって何が意識が変わったことはありますか?
4年生が少ないから3年生になって上を助けようという意識が生まれました。
立教ラグビーというものを今まで以上に考えるようになりました。
立教ラグビーのいい点や悪い点を考えるようになりました。今までは下級生だったから、
言われたことに対してただ一生懸命に行うだけでしたが、上級生になって、
何かする時によりよい方法がないかとまず始めに自分の中で考えるようになりました。
茗渓学園時代キャプテンでしたが、高校時代を教えてください。
茗渓でキャプテンをやらせてもらいました。
キャプテンは責任がすごくかかってきて、大変だというイメージがありますが、すごくいい仲間がいてくれたから特に自分1人で背負うこともなく、周りに相談する事が出来ました。
みんながチームをどうしようかと一緒に考えてくれたから、すごくやりやすかったです。
キャプテンが特別とかありませんでした。
本当に自分の学年と下の学年はすごく仲良くて、上下関係がありませんでした。
その時は下の学年が結構試合に出ていましたので、キャプテンとして意識していたことは、チームがまとまりを持つように上の学年と下の学年をうまく融合させる事だと考えていました。同じ学年で戦うのは長い間ずっと一緒に練習していたから、そんなにむずかしい事ではありません。
試合はチームでするものですから、上の学年と下の学年がうまく融合した度合いで強さだけじゃない、
いいチームが出来ると思っていました。ミスしても上級生が怒るのは簡単ですよね。
でも、そうすると、下の学年は思い切りのプレーが出来なくなる可能性があります。
上から言って叱るのは簡単だし、プレーにも厳しさが出ていい事でもありますが、強いチームにはなるかもしれませんが、いいチームか?と問われたら疑問が生じます。
そこで自分は相手への伝わり方を意識していました。
もちろん試合中ミスしたら怒りますが、「次にいいプレーをしろ!」と言います。
またミスしたら「自分で取り返しにいけ!」と言います。
でも、後輩よりかは同期に厳しく言っていましたよ(笑)

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自分がチーム作りに力が注げたのも周りの支えや同期や先輩キャプテンに相談できたからです。
茗渓は練習時間が1.5時間と短く、いかに密度の濃い練習をするか?とか考えていました。
自分の代は決勝で負けて全国に出れず悔しい思いをしました。けど、負けましたがチームとして得たものは多いと今でも思います。
茗渓学園の23回生のチームとしてキャプテンをやれて誇りに思います。
高校ラグビーと大学ラグビーは全然違いますか?
高校時代は監督がいて悪いいい方をすればやらされている感じがあります。大学ラグビーは自主性を重んじられていて、練習をやらなければ、やらなければいいし、逆にやりたいことがあれば自分達で考えて動くことが要求されます。
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高校ラグビーと大学ラグビーのレベルの差に関しては、
大学生チームが社会人チームに勝つことが難しいように、
高校チームが大学生チームに勝つことの方が更に難しいです。
超えることが難しい壁があります。けど、自分も大学に入りたての頃は練習がきつかったりしましたが、ひたすら必死にやって大学レベルに追いつこうとしました。要は「習うより慣れろ」ですね。
立教大学を選んだ理由は何ですか?
立教大学は自分が高校3年生の頃は伝統がありながらも、まだ立教ラグビーは1部にあがったばっかりでした。
今から強くなるチームで大学選手権を目指しながら、自分の将来就きたい職業に対して
真剣に取り組める大学は立教にしかありませんでした。
福祉関係の仕事がしたく、福祉関係の学部に行きたかったのと、
小学3年生の頃からやっているラグビーをしたくて立教がベストだと思いました。
次にインタビューを回す人を指名してください。
4年の荒牧さんで
。一人暮らしを始める時に、部屋探しを一緒にしてくれたりと、
いろいろお世話になっています(笑)ライバルでもあります! |