現在フルタイムで指導にあたる加藤コーチとは、1、2年次はレギュラー争いをしていましたね。
入部したときから、「絶対に負けない」と思っていましたけど。修平さん(加藤コーチ)も自分のことをライバル視していたようで、練習に付き合ってくれなくて。当時は「嫌な人だな」と思ったこともありました。 今年になって(コーチと学生という立場になってから)、よく話すようになりました。チームのことを話していたときに、「(現役時代は)お前がいてくれてよかったよ」と言ってくれたことがあって。修平さん自身、3年のときからずっと試合に出でいたから4年でも当然試合に出られると考えていたようで、それを自分が(レギュラーを)獲ったから、悩んだと聞かされました。当時は毛嫌いされているのかなと感じたこともあったのですが、今では自分のことを認めて接してくれるから、いい信頼関係があるなと思っています。
高校時代に留学をしていましたね。
英語の教師をしている父親の影響もあって、昔から英会話を習っていたので、留学には興味がありました。高3の冬から約1年間、ニュージーランドのハミルトンにホームステイしていました。生活は現地での学生と一緒で、朝9時から午後3時まで授業を受けて、その後は火曜と木曜に練習して、土曜に試合でした。ニュージーランドはラグビー部という感覚がなく、シーズンになると通っていた男子高の生徒1500人中、1000人くらいがラグビーをします。1軍から16軍までに分かれていて、僕は目指していた1軍のセレクションに落ちてしまって。ニュージーランドではラグビーは国技のようなものなので、1軍にいる選手は周りから尊敬の目で見られるし、服装も違います。揃いの正装で、学校生活から違っていました。だから、絶対に1軍に入りたかったのですが、1軍は落ちてしまい、結局3軍に入ることになりました。根拠の無い自信があったので、(1軍に)落ちたときは「ニュージーランドまで何をしに来たんだろう」という気持ちにまでなりましたが、3軍のレギュラーとしてプレーすることができたので、幸せでした。
日本に帰ってきて感じた違いなどはありましたか?
日本のラグビーは、一つ一つのラックの展開が早いと思いました。向こうは、もっとラックにこだわるというか、FWがもっとラックで力仕事をする、“FWが働く場所”というところが違いますね。あとは、向こうはコンタクトが重かったです。スピードで言えば、日本の高校生もありますが、当たりが全く違いました。
ラグビーを始めたきっかけは?
高校1年の終わりに、同じクラスの友人に誘われたのがきっかけです。それまではサッカーをやっていました。ポジションは、始めたときから変わらず前三です。

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同期に向けてメッセージをお願いします。
最初から、もっとぶつかれればよかったなと思います。4年になって、いろいろと決めなくてはならないことが増えていく中で、みんな素直だけど、大人しいから、意見を持っているのになかなか口に出さなくて。今思えば、僕たちの代は「いい代だ」とか「大学選手権にいける」とまで言われていましたが、(下級生として)引っ張られる分には能力を発揮できるけど、引っ張る立場となるとうまくいかないことも多くて、難しいなと感じました。その中でも、特に東義(4年、高橋東義)と安武(4年、安武祐太)とは、4年間を通じてとても良い関係を築いてこれたのかなと思います。二人とも熱いヤツらですよ。 |
後輩に向けてメッセージをお願いします。
みんな、もっと素直になって、素直にラグビーをしてほしいなと思います。不満があるならぶつけてほしいし、上手くなりたいなら死ぬほど練習すればいいし。グランドに入ったら、ひたむきに練習に打ち込んでほしいです。その中で、どんどんぶつかっていけばいいと思います。そうすればもっといいチームになれると思います。ラグビーは、きれいごとだけではやっていけないと思います。
最後に、入替戦に向けての意気込みをお願いします。
勝つつもりでしかないです。それしかないです。勝つのに相応しい人間になって、勝つべくして勝ちたいです。入替戦に勝てたとしても、なんとなく勝ててしまったのなら意味がないし、普段からしっかりと意識して日常生活も送っていきたいです。個人の能力もですが、勝つのに相応しい人間になって、「他にやることはない!」と思えるくらいにまでなって初めて、入替戦に勝てるのかなと思います。
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