毎日の練習は、実践的なものというよりはコンタクトなどが多かったです。
試合の前日はまるまるオフだったりして、個人で調整するといった感じでした。
東福岡の頃から立教でプレーするようになった今も変わっていないのは、
味方へのサポートやディフェンス。ディフェンスは自分のポリシーです。
高校時代にラグビー留学をしたそうですね。
高校3年の夏にオーストラリアで1ヶ月間のホームステイをしました。
向こうの現地の方から東福岡のラグビー部の留学生を求めていると言われて、それで監督が希望者を募って。
東福岡では毎年ニュージーランド遠征を行うんですが、僕は1年生の時にケガをしていて遠征に行けなかったんです。それがすごく残念で、だから海外での経験を得たいという思いはずっとあって、それでオーストラリア留学を決めました。オーストラリアでの現地の人との交流には苦労しました。
やっぱり言葉の壁というのは大きくて、聞き取ることはそれほど大変ではなかったんですけど、英語を話すほうはうまくできなくて応答には苦労しましたね。
東福岡のラグビー部として行ったわけですが生活は普通の留学生とほとんど同じでした。
オーストラリアの高校に留学生として転入して、授業を受けて、放課後はその高校のラグビー部で練習をする、といった感じです。ただオーストラリアでは日本にいた時と違って練習が週に2回だったんです。
毎週1回は土曜日などに試合がありました。それ以外の日は筋トレをしたりなど、
個人で自分に足りないところをトレーニングしていました。
試合前の練習も向こうではグリットだけでした。あと向こうでプレイしていて感じたのは、
みんながラグビーをこよなく愛しているということ。
週2回の練習だけだから、みんなラグビーがしたくてしたくてたまらないっていう感じだったんです。
僕も実際ラグビーが楽しくてしょうがなかったですね。
僕は日本でのポジションがナンバーエイトだったから向こうでもエイトでプレーしていました
。ロックの人たちはみんな190センチはありましたね。
あと向こうでの試合で一番嬉しかったことが、体格の違う外国人相手に自分のタックルが通用したこと!
中学時代に野球をしていたそうですが?
中学時代はずっと野球部だったんです。でもそれもすべてラグビーのため。
僕は小学5年生の時からぎんなんリトルラガーズというラグビースクールでラグビーしていたんですけど、
中学にはラグビー部が無かったんです。
でも自分では高校でもラグビーをやる気でいたから、基礎体力をつけるつもりで野球部に所属していました。
陸上部とも迷ったんですが、ただ走るだけというよりは何かしながら走ったほうがためになると思ったから野球部を選びました。東福岡にはその後一般入試で入学したんです。

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入部してから半年が過ぎましたが、今までで嬉しかったことは?
公式戦に出られたことがすごく嬉しかったです。前日に渡される濃紺のジャージは重みを感じます。
あと自分は試合の前に必ずすることがあるんですよ。
高校の時の試合のビデオを見て明日の試合のプレーをイメージすることです。明治戦の前日も最高のプレーをしようと思って、ビデオをみながらイメージを膨らませていました!
あと、対抗戦の立教ラグビー部に入ったことで安部や馬場など良い友達ができたのが嬉しかったです。
また、辛かったことは?
自分のやろうと思っていることができなかったりすると
すごく嫌です。あと試合前から練習してきたことがいざ試合において実践できなかったり。 |
海合宿でのフィットネスも辛かったですが、
自分の考えているプレーができないというのはそういうこと以上に悔しいです。
名門校である東福岡出身のくせにこの程度なのかって思われることは絶対に嫌だから、結果を残したい。
ライバルの一人である東福岡で一緒にロックを組んでいた豊田(中央)も1年生から試合に出場していて、
負けられないって思っています。
.今の自分に足りないものなど、今後の課題は?
とりあえず体重を増やすことと、ディフェンスを完璧にすることです。
ディフェンスで信頼されるプレイヤーになりたい。今はうまくいかないことがあると落ち込むし、
自分のことでいっぱいいっぱいなので、もっと周りを見ることできるプレイヤーになりたいです。
10/1の帝京大学戦に向けての目標は?
明治大学戦のときセットプレーが安定しなかったことでチームの流れが悪くなったので、 帝京大学戦までにそこを修正してセットプレーでトライをとりたいです。 ラインアウトでのキャッチは誰にも負けません。
ありがとうございました。次のインタビューは誰を希望しますか?
2年生の海老原さんをお願いします。
海老原さんとは部活外でも一緒に食事をしたり、とても仲良くしてもらっています。全体練習の後に黙々と個人練習をするなど、努力家なところをとても尊敬しています。
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