| 『謝辞』 <2005年度主将西田 創> 4年間を振り返ってのコメントをくださいと言われ、何を書けばいいか考えていた。私の過ごした4年間は一体どういうものだったのか。1つ1つを振り返るのに、この場では足りないので、それはまた別の機会にまとめようと思う。 私の過ごした4 年間は平坦な道のりでは無かったはずだ。4年間通しての公式戦での勝利はわずかに「13」。その内対抗戦Aでの勝利は2つ。決して多くは無い。しかし、そのわずかな白星を掴む為へのプロセスを考えると、どのチームよりも「考えた」という自信はある。勝つためにどうすればいいか、ということをこんなに考えたのは人生で初めてのことであり、そういう環境を与えてくれたことに感謝している。もちろん、勝とうとした相手に勝てなかったことに、実力が無かったこと以外の理由を求めるつもりはない。今年日体大と筑波大に勝てなかったのは私の責任である。本当にチームメイトにも、スタッフにも、OBの方にも、マネージャーや応援してくれた全ての人にこの場を借りて謝りたいと思う。「本当にもうしわけありませんでした。」 チームを作っている最中には分からなかったことが、今考えると、少しずつ答えが見えてきている。私が立教ラグビーに残したかった1番のモノは、『努力できる自分創り』というものであったような気がしている。自己管理が成功をもたらす。それを継続することによって自分の血肉になり、それが集まってチームのチカラになる。その目的と手段はバラバラであって構わない。チームの勝利の為に頑張るヤツもいれば、自分がレギュラーを獲る為に努力するやつもいる。皆の前で覇気を出し自分を追い込むやつもいれば、隠れたところで密かに限界に挑戦している選手もいる。それでいい。とにかく、自分で目標を持ち、自分の理想像を追いかけながら、もがき苦しむ。そんな己を向上させようと努力できる人間を1人でも多くチームに存在させたかった。 ただ、実際にはそんな綺麗事は考える余裕なんて無く、私自身の能力を高めたい。チームが勝つためには・・。ということで頭は一杯だった。春から格上の相手に挑戦して、安易に勝てた試合など1つも無い。私を含め、チームはケガ人を抱え、必死にもがいていた。シーズンに入っても、勝てない試合が続き、勝てないAチームに対しBチームが怒り、試合に出られない自分に怒り、チームがもがき苦しんでいた。そんなチーム危機を部員50人が感じたのだろうか。気が付くと、形やレベルは様々ではあるが、必死で自分を伸ばそうとする選手の姿や、一生懸命仕事をするマネージャーの姿が増えていた。去年とは比べられない程に。理想とはまだまだ遠いが、成長しようとする個人の姿が、チームの向上を支えていた。つまり、人間が誰しも持つ、「やらなきゃいけないことは分かっているのだけど、ま、明日にしよう」とか、そういう弱い気持ちに打ち勝つには、強いメンタルが必要になるが、そんな自分に克てる選手が増えたということなのかもしれない。理想を言えばキリがないし、まだまだ意識の高さにバラつきはあるが、私が残したかったモノの形は見えたような気がしている。 長くなってしまいましたが、私に伝統ある立教ラグビーの主将という任を与えてくださり、応援してくださった皆様に心より御礼を申し上げます。立教ラグビーを背負ったおかげで、主将にしか分からない色々な事を学び、色々なものが見えました。本当に勉強になりました。 最後に、私の言うことを、不満を持ちつつも最後まで聞いてくれた後輩の皆、最後までわがままを許してくれた同期の皆へ、「心からありがとう」 西田創 4年間を振り返って <副将 武藤和秀> 自分が経験した4年間を振り返ってみると、すごく長かったと思います。 多くの方々に支えられて、なんとか4年間続けられたと思いますし、特に松本さん、横溝さんにはラグビーではもちろん、それ以外の面でもいろいろとお世話になりました。同期の仲間には温かく支えてもらい大変感謝しています。同期の山本とはホントいろいろやってきましたしね。 オープン戦・夏合宿・対抗戦・入れ替え戦と4年間でたくさんのゲームを体験してきましたが、高校ラグビーでは味わえなかった事を大学ラグビーでは存分に味わうことが出来たことをうれしく思っています。 私が一番印象に残る試合は4年間試合に出る機会の恵まれた入れ替え戦でした。東大戦のときは当時4年生の横山先輩(久我山出身)が怪我のため代役で先発しましたが、チームの歴史を変える試合に出場したことは貴重な経験になりました。 2年の時は1部全敗で成蹊との入れ替え戦に臨み、自分自身は1部で戦ってきた誇りと経験を武器に戦った事を今でも鮮明に覚えています。 3年の時は1部で青学に初勝利を挙げた記念すべき年で学習院との入れ替え戦では、完勝しました。 そして4年の時は、大学選手権にこそ出場できませんでしたが、青学にまたしても勝利することが出来て、学習院との入れ替え戦では序盤緊張してミスをしましたが、途中からノビノビプレーできました。入れ替え戦という1試合で次のシーズンが1部にも2部にもなる厳しい戦いを4度経験して思うことは勝負に絶対は無く、自分のチームの仲間を最後まで信じられる方が勝つのだと思いました。来年はかならず選手権出場を果たしてくれると信じています。 立教高校出身は僕の学年では私だけでしたので、立教高校卒として大学でも高校の後輩達にラグビーを続けて欲しいという気持ちが4年間通して強くありました。今では、次期4年の川村・井原をはじめ奥富・そして1年生の広石・倉橋・太田・藤川・三輪・内山と多くの立教高校卒の後輩がラグビーを大学で続けてくれたことに喜びを感じています。高校が大学を引っ張れるようになれば、チームはもっと強くなると思うし、僕にとってうれしいことです。来年も多くの立教高校卒が入部してもらって、大学を盛り上げてほしいと思います。 最後に自分の親にお礼を言いたいと思います。4年間、僕が試合に出なくてもチームの試合を観に来て応援をし続けてくれた親に大変感謝しています。その感謝の気持ちを忘れずに来年は社会人として新たな人生を歩めるように努力していきます。本当にどうもありがとうございました。 「安彦さん!!僕は今、親に感謝していますよ。」 「4年間を振り返って」 <副将 高橋務> この4年間本当に回りの人々に支えられてきた。同期はもちろん、先輩方、後輩達、マネージャー、中沢監督はじめコーチ陣の方々、山元会長はじめOBの方々、小澤さん、秋元さん、友人、両親。…ええと、もっといるかもしれない。とにかく本当にいろいろな人たちにお世話になった。ありがとうございました。 今回は4年間を振り返ってということだが、今回はいま心にある、ラグビーに対する心残りというか、そういった部分を書きたいと思う。 僕は正直この4年間に大きな後悔を残してしまった。大学選手権に行けなかったのはもちろんだが、今思うとそのための努力を100%継続してきたとは、とても言い切れないのが一番の後悔となっている。 入れ替え戦の学習院戦、ノーサイドを知らせる笛を聞いて僕は、勝ったことのうれしさや安堵感よりも、学習院戦も含めほとんどの試合で、チームに対して自分の責任を果たせなかったことに対しての申し訳なさや情けなさ、そしてそのまま引退を迎えたことに対しての心残りといった感情を真っ先に感じた。 引退を迎えた瞬間に出てきたそういった感情は、毎試合似た反省を繰り返すことが原因だったわけで、結局最終戦までそれを繰り返してしまった自分への失望ともいえる感情だった。 そして同じ反省を最後まで解消することができなかったのは、間違いなく僕の努力が足りなかったからであり、そこに大きな後悔を残したわけだ。 今回、僕がこんな後ろ向きの文章を書いているのは、後輩には引退したときに同じ思いをして欲しくはないからだ。 グランドでやっているときは自分なりにがんばっているつもりだった。しかし今にして思えば僕は明らかに大学選手権を見据えた努力も考えることも仲間に厳しさを持つことも足りなかった。後輩たちには僕のように引退してからそんなことを後悔して欲しくない。 まあもっとも、こんな後悔をする羽目になったのは僕がアホで根性なしだからで、後輩達の中には、すごく気持ちが強く、かつ、チームのことをすごく考えている、心配のないやつはたくさんいると思う。しかしそれがなかなかできないやつも中にはいると思う。 そういうやつは僕みたいなのがいたことを思い出し、同じ失敗をしないで欲しい。常に、目標に向けて確実にオールアウトできているのか、と自分に問いかけて、ぶれている気持ちを奮い立たせて、考えながらやって欲しい。 そして結果を残して、やり切ったと、胸を張って終えて欲しい。 現役の皆はきっとやってくれると信じています。 選手権に出てください。応援しています。 <主務 山本駿> 立教大学に推薦入試で運良く入学してから、もう4年が経過したなんて信じられない。それぐらいあっというまに4年が過ぎてしまった気がします。なぜこんなに早く感じるのか、それはラグビー部にいたから。普通に大学生をしていればゆっくり時間が過ぎて、いろんな友達ができて、将来について考える時間があったかもしれない。でも僕はラグビー部に入った。迷いはなかったし、今後悔もしていない。大学の4年間をラグビーに費やして本当によかった。一生忘れることのない同期、先輩、後輩達や、あらゆる面から支えてくれた監督、コーチの方々。本当に感謝しています。そして、15年間ラグビーを続けさせてくれた両親。ありがとうございました。僕が入部した頃はまだ2部だった立教ラグビーも1部に昇格し、1部で勝利して、今もまだまだ成長の途中です。今後の立教ラグビーが躍進していくことは間違いない、そう思うと自分が立教の歴史にちょろっとでも携われて光栄に思います。 これから自分は社会人になって第2の人生のスタートです。ラグビーをプレーすることはないかもしれないし、あるかもしれない。いずれにしても立教大学ラグビー部での4年間を今後の糧に、いっぱしの人間に成長できるようにがんばります。 <熊谷健太> 四年間を振り返ってみてということで。 後悔が無いと言えば嘘になる。辛いことや、思い通りにならないこと、納得できないこともたくさんあった。人を恨んだこと、自分の甘さに嫌気がさしたこともあった。ケガも何回もした。だけどそんなことは小さなことで、数え切れないぐらいの幸せな出来事があったし、充実した時間を過ごさせてもらえたことへの感謝の思いは言葉に出来ない。ただこんなに幸せで充実した時間を過ごせたことは、自分以外の多くの人達の支え無しには全く考えられないことである。本当に多くの人に支えられてきたと心から感じている。 四年間好き勝手にやらせてくれた両親。初心者だった自分を一人の選手として扱ってくれた監督、コーチの方々。何もできない自分に声をかけ続けてくれた先輩方。無力な自分を慕ってくれた後輩達。ケガの多い自分の面倒を見てくれた先生、トレーナー、PCの方々。そして四年間見捨てずに自分のことを励まし続けてくれた最高の同期。ここに挙げた以外にも数えあげたら限がないほどの人たちに支えられてきた四年間だった。自分一人ではやり抜けなかったし、こんなに充実した時間を過ごすことはできなかった。こういったすばらしい人たちに出会えた自分は幸せだと思っている。こんなに素晴らしい人達に出会えたから最後の一ヶ月を無駄に過ごさずにすんだ。自分のケガとも向き合えたし、このチーム、この環境でもう一回ラグビーをするために頑張れた。痛みにも耐えられた。本当に感謝してもしきれない。 本当にこの四年間、自分は恵まれすぎていた。そして最高の四年間だったと胸を張って言える。ありがとうございました。 最後に大好きな人の言葉を借りて、「あなたはラグビー好きですか?僕はチョコよりも何よりも立教のラグビーが好きです。みんなに感謝しています。」 <加藤修平> 四年間の現役としての活動を終えていざ時間が出来ると何をしようか迷ってしまっている。それぐらいラグビーが生活の中心として存在していたのだと思った。 一年の時は大好きだったラグビーが大嫌いになっていた。練習にいくのも嫌だったしラグビーの試合や本を見ることまでも嫌いだった。苦痛だった。ラグビーを始めて以来、初めて味わった最悪の感情だった。一回もメンバーに入ることもなくシーズンを終えた。はっきり言って入れ替え戦に勝ったことに対して喜びなんて全くなかった。試合に出してもらえないことが本当に悔しくてたまらなかった。 二年目はHOに本格的に挑戦した年でもあった。夏合宿ごろからはFLとしてつかってもらった。初めての対抗戦は何がなんだか分からなかった。あっという間に終わった。怪我した先輩の代わりで試合に出してもらっていたが、怪我が治るとリザーブに落とされた。 絶対80分間出る!という志を持って三年目を迎えた。練習は本当にきつくてたまらなかったが自分自身技術やラグビー理解のうえで成長できたシーズンだった。本当に調子がよくてラグビーが楽しかった。下馬評では不利と思われていた青学戦に勝利することができたあの感動は本当に忘れられない。吾朗さんに立教の誇りを植え付けてもらった年だったと思う。 そして今年。今シーズンのことはけして忘れることはないと思う。夏合宿からB に落とされシーズンを向かえた。途中何度も腐りかけたしコーチ陣、幹部にも反発していた。もうどうでもいいと思ったこともあった。けどそれには自分自身が納得できなかった。去年からAとして使ってもらったことが大きかったのかもしれない。我武者羅にフィットネスをやり続けた。シーズンを通して成長できていることを実感できた。目標としていた筑波戦までのA復帰は果たせなかったけど日本体育、そして青山学院戦で2番を取り戻すことが出来た。青学戦では持ち味であるタックルで削ることが出来た。そして勝つことができた。なんともいえない感情だった。嬉しいというよりほっとしたような、安心したような感覚だった。そして最後の試合。個人的な反省が多すぎたけど最後に勝って終われて本当に嬉しかった。 4年間負けのほうが多かったかもしれない。けど本当にかけがえのない時間だったと引退した今そう思えてしょうがない。そして一緒に闘った同期の皆には感謝してもしきれない。最高の8人だった。こんなにすばらしい4年間をともに過ごせてよかった。 後輩の皆には闘志を忘れないで欲しい。田舎の無名校でも165センチでも対抗戦の舞台に立つことが出来た。けして腐らずにがんばっていってほしい。どんどん削ってほしい。そしてかなわなかった大学選手権に出てもらいたい。 立教でラグビーを続けたことがきっかけで将来は指導者になりたいと考えている。立教にいい選手をたくさん送り込めるような指導者になりたい。そういう形で立教に恩返しがしたいと思っている。濃紺、百合のマークにプライドを持ち続け次のステップに向かいたい。 4年間本当にありがとうございました。立教を選んで本当によかった。 四年間を振り返って <関澤 翔太> 四年間を振り返って。 12月10日からはや二週間。やりたいことが沢山あったはずなのに何も手につかず、ただ時間だけが過ぎ今日に至る。 今回、上記の題での感想を。と言われて今、パソコンに向かっています。思い出されることは辛く厳しかった経験、悩み苦しんだ日々、歓喜に沸いた日のこと、何気ない練習後のひととき・・・・。 もう数え上げたらキリがありません。 初めて富士見のグランドを訪れたとき、当時はまだ土のグランドでした。 土のグランドを知る現役はもうグランドにはいません。 練習後にトンボや車を使ってグランドを整備していたころをとても懐かしく思います。 OBの方々によって素晴らしい芝のグランドに生まれ変わった富士見には私の四年間が詰まっています。 何を書こうかと考えているうちに色んな思い出が思い返されてきます。思い出したら自然と涙がにじみ画面が見えなくなりました。 短い文章では書ききれませんが、ただ言えることは流れ出た涙は暖かかったということです。私は今、感謝の気持ちでいっぱいです。 これからの人生で何かに生き詰まった時には、必ずここに帰ってこよう。多分、自分が一番回ったであろう人工芝。その周りを右手を吊るしながら歩き、走り続けていた時のことを思い返しながら、もう一度歩いてみれば自然と答えが見つかりそうな気がする。グランドを一周全速力で走ってみれば『やるしかねえ』と気持ちを切り替えられそうな気がする。 帰ってくる場所がある私は幸せ者です。 最後にこの四年間でお世話になったすべての方々どうもありがとうございました。 そして16年間応援し続けてくれた父さん、母さん長い間ありがとうございました。 <加藤紀子> 4年間を振り返ってということですが、なかなか語るべき言葉が見つかりません。 ただ、携帯電話の電話帳に登録された部活関係の電話番号、手帳に書き込まれた部活の予定、部屋から次々と出てくる部活に関連した書類やフロッピーを見ると、4年間の確かな重さを感じます。私と町田はよく、時間と労力と財産を注ぎ込んだと言って笑ったものです。 そんな部活ですから、おそらくたくさんのことを学んだと思います。それが何か今はっきりとはわかりませんが、これからの私の人生の中のそこかしこで形となって現れてくれると信じています。一つ言えることは、良い人達に出会えたということ。 私は意地っぱりです。その意地が4年間部活を続けさせた部分はありますが、それでも部の人間を嫌いなら続けられるものではありません。 先輩、後輩、同期、それぞれの人となりを知っているからこそ一番傍で応援したいと思ったのです。負ければ悔しいし、勝てば嬉しい。あなた達のおがけでとても楽しい4年間でした。ありがとう。 マネージャーの後輩達、おっかない先輩だったと思います。ごめんなさい。 そして同期のマネージャー、わたしのこの4年間はあなた無しでは語れません。 ありがとう。 <町田留美> 全てのシーズンを終えて、この場を借りて御礼を言いたい人がたくさんいます。 まず、私が四年間ラグビー部での活動を続けてこられたのは、同期8人のおかげです。 仕事がうまく行かなかったり、精神的につらかった時にさりげなく支えてくれていたのはいつも同期のみんなでした。 そして、そんなみんなを一番近くで四年間応援したい、できるだけ力になりたい、と思い続けてきたことが私のモチベーションになっていました。 だから、これまでの集大成として成し遂げた今年の二連勝は私にとって特別な思い出です。一年生の時に、対抗戦Aグループに昇格してから毎年大きな変化を乗り越えてきた立教ラグビーでの四年間は、つらかった事もうれしかった事も、全部含めて私の青春そのものです。 そして、同じ四年間を共有してきた同期は、私の宝物です。 今年一年間は、自分たちが下級生をまとめていかなければならない立場という事もあり、 特に色々な事を考えさせられる年でした。メディカルとして戸惑う事もあったし、頑張ってもなかなか満足のいく仕事ができず悩みました。 でもそんな時、練習に行って下級生の皆とコミュニケーションを取り合う事で少しずつ前向きになれたし、それがきっかけで成長できた事もたくさんありました。 感謝しきれません。 また、中澤監督、横溝ヘッドコーチや松山コーチをはじめコーチ陣・OBの方々にも大変お世話になりました。ご迷惑をおかけした事も多々あったと思いますが、いつも学生の意見を尊重してくださったおかげで、充実したシーズンを送る事が出来ました。 最後に、試合を応援に来て下さっていたご父兄の皆様。皆様のあたたかいご支援・ご声援には選手同様、私もいつも元気づけられておりました。心からお礼申し上げます。 立教大学体育会ラグビー部。今後のさらなる進化を楽しみに、これからもずっと応援し続けます。本当にどうもありがとうございました。 |
| ←TOPへ戻る |