Locker Room
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2023年11月16日(木)
【ラストシーズンを迎えて④】
4年生にとって、最後となるシーズンが始まりました。この連載では残り1回にわたりペアごとに互いに4年間で成長したと思うことや、自分にとって相手はどのような存在かを語っていきます。
<髙木大地×田中太陽>
・髙木大地(SH)
自分は高校で立教とラグビーに出会い、人生の3分の1にあたる7年という長い期間を立教新座出身の仲間たちとラグビーをして過ごしています。10年とか16年、あるいはもっと立教一筋、ラグビー一筋の人たちが周りにゴロゴロいるのでなんとも言えませんが、それなりにたくさんの思い出があります。
さて、本日は僭越ながら立教一筋16年、生粋の立教ボーイ、「太陽さんカッケー」でおなじみ、カメラマンの卵、でかいのはNEW ERAと器、我らが太陽さん(以下敬称略)についてお話していきたいと思います。彼は1000文字書いたらしいので頑張ります。
太陽とは謎のご縁があるように感じていて、公私ともにお世話になっており、ここでは書ききれないようなこともたくさんありました。第一印象は士門(4年・阪本士門)と見分けがつかなかったことくらいですかね。(なんで)いつの間にか仲良くなっていてオフもよく一緒に過ごすようになっていた気がします。趣味は結構合いますね。いい感じです。
高校時代はガキ大将みたいなことをしていたし、今も絶対にいじられキャラの見た目をしていないのに、最近いじられキャラとしてのポテンシャルが開花していてかなり嬉しいです。雑なダル絡みをし続けた甲斐があるってもんです。根がめちゃくちゃ優しいんですよね。
一方(一方?)、ラグビー選手としての太陽は高校時代から頼りになる存在でした。8と9でプレーしていて非常に安心感がありましたね。安定したパフォーマンスと目を引くビッグプレーが印象的でした。個人的には太陽といえば8単です。スクラムにボールを入れて8単で馬鹿みたいにゲインする太陽を追いかけるのが楽しかったです。この話を時来(4年・北川時来)にすると、高校の都県選抜の試合で太陽の8単を9の時来が5m返した話が始まり、喧嘩になります。水を差すような話をしてしまいました。大学入学時はリハビリでしたが、復帰後は試合で着実に結果を残し続け、関東大学対抗戦でも活躍する選手になりました。これ、有言実行していて本当にビッグリスペクトでした。
高校時代からプレーで魅せる太陽はチームの精神的支柱でもありました。超熱いバイブスをもつ太陽は、それを内に秘めることなくしっかりとアウトプットすることができる側の人です。その様は、すかした日々を送るかっこいい人(笑)の目には「イタイ」「クサイ」と映るかもしれませんが、そのような人々に太陽のかっこよさは伝わらないでしょう。
そんなホッツな男ですが、試合中は至ってクールです。チームを鼓舞する時も、トークをする時も、太陽はいつも的確でストレートでシンプル。ギャーギャー喋らないし、遠回りしないから伝わりやすい。試合中も練習中も何度も気付きを与えてくれました。これ結構難しいですからね、すごいですよ。
ちょっと褒めすぎましたかね。まあ普段こんなこと喋らないし、せっかくなので存分にやらせてもらいました。書こうと思えばまだまだいけそうなんですけど文字数もいい感じになってきたのでこの辺にしておこうと思います。BAN喰らいそうな攻めたネタはみんなで飲みに行った時にでも投下しようかなー。あ、船山(4年・船山駿)と仲良くね!
なによりジュニア選手権大会一緒に勝ててよかった。あとちょっと頑張っちゃお。これからもどうぞご贔屓に!
・田中太陽(FL/NO.8)
髙木大地に贈る文
彼と初めて出会ったのは、立教新座高等学校、入学式から数日過ぎた1年4組教室前だった。彼と同組の海沼(4年・少林寺拳法部)から、「ラグビー部に入部希望らしい」と紹介を受け、ぎこちなく自己紹介をしたのを今でも強く憶えている。「海沼の友人A」だった髙木大地が、私にとってこれほど大切な、かけがえのない仲間になるとは、当時は想像もしていなかった。
入部時の彼は、今より身長も体型もだいぶ小柄だった。だけれど、長年調布で磨き上げられた鋭い眼光だけは大きな存在感を放っていて、やはりそう考えると、彼が付いた「ハーフ」というポジションは的確だったと感じる。本文章を書くにあたって、大地と仲良くなった経緯を少し振りかえってみたのだが、皆様ご存じの通り、ラグビー以上に「趣味」の要素が大きかった。高校時にドハマりした乃木坂の握手会で、興奮気味に会話を報告し合ったり、オフの日には目一杯かっこつけ、買えもしない高額スニーカーを眺めに原宿へ出掛けたり。そんな生活が大地と仲良くなったきっかけで、私のかけがえのない日常だった。
一応ラグビー部だから、ラグビーの話もしておこう。大地は、高校の3年間で、本当に目を見張る成長を遂げたと思う。(なんか偉そうでごめん♡)高校からラグビーを始め、かつ経験がモノ言う「ハーフ」を担い、想像以上に上手くいかない瞬間や、多くの苦悩があったと思うが、大地は挫けず、何事にも真剣に向き合い続けていた。その姿に私が奮い立たされたことは何度だってあったし、きっと大地には、努力できる才能があるのだと思う。私は今でも、高校のBKキャプテンは大地でよかったと心から感じている。
大学では、熾烈なポジション争いや、突然のセンター転向など、チーム環境に揉まれまくっていたけれど、愚直に前を向き、身体を張り続ける姿は一切変わっていなかった。その結果、夏合宿では二年連続で顔面を肥大化させることに成功し、チームにかけがえのない笑顔と活気を届けてくれた。笑うと頬が痛かったらしいけど。ラストシーズン直前の一番大事な時期に怪我するのは、俺と大地のルーティーンなのかな笑
髙木大地は、いつも私に、「見たことのないモノ」を見せてくれる。良い音楽・かっこいいブランドから、愉快な調布コミュニティや変なTwitterアカウントまで。彼が私に見せる多くは常に異質で、だからこそ、立教という狭い世界で生きてきた私にとって、常に新鮮だった。私は、まだ髙木大地をたった七つしか、知らない。ここから引退までの2カ月。その先の何十年。大地が私に何を見せてくれるのか、既に楽しみなところだ。最近、彼はYouTubeの影響で、「合コンでボケ倒したい」らしいので、早めに圭司(4年・羽間圭司)にセッティングしてもらおう。これからもよろしく。
<太田昌利×二木翔太郎>
・太田昌利(LO/FL)
生粋の暴れん坊であった二木君がもう大学生と思うと感慨深いです。出会いは中学まで遡ります。彼の中学生時代はまさに天真爛漫という言葉がぴったりな少年でした。中1の時に同じクラスで、彼は初めて会った時何故か教室の椅子の上で踊っていました。どんな時も元気が良い少年そんな印象です。とにかく天真爛漫だったので、有り余る元気であらゆるものを破壊していました。時には先生であったり時には机であったり、話題性の尽きない暴れん坊です。中学3年生の時に発狂しながら教室に入ってきて机を破壊していった嵐のような姿は一生忘れることは無いと思います。中学生の彼は野性味溢れるワイルド少年です。
私が中学から高校へ上がる際部活を決めあぐねていたところ、一緒にラグビーをしようと誘ってくれました。ラグビー部はかなり凶暴であると聞いていたため、かなり悩みましたが他のラグビー部のメンバーからの誘いもあって入部を決めました。今になって考えると私の人生においての大きな転換点です。実のところ中学時代は二木君とそこまで仲が良いわけではありませんでした。英語の再試験で必ず二人ともいるのでそのときに話す程度。そんな関係性でも、変な人間である私を気にかけてくれたことに感謝しています。私がラグビーのラの字も知らないまま入部したため、いつもプレー面で迷惑をかけてばかりでしたが、怒ること無く辛抱強く意見を尊重しながらわかるまで何度も教えてくれました。生粋のお兄ちゃんです。
高校では一緒にラグビーをしましたが、ラグビーのことならば何でも上手にこなし生来の身体の強さと圧倒的な器用さで、チームを牽引していました。この頃から彼の中にある暴れ成分が薄れ、慈しみが芽生えているように感じます。段々角が取れて優しさと、周りへの気遣いで皆を笑顔にしている光景が日常になりました。普段は優しいのにラグビーになると誰よりもアグレッシブで豪快なので、ギャップ萌が止まりません。
暴れ散らかしていた二木君も好きだったので、一足先に大人になってしまったような気がして嬉しいような寂しいような感覚でした。せっかく誘って貰ったので花園に連れていって恩返しをしたかったのですが力及ばす申し訳なかったです。ただ花園に行っていたら二人とも成績が足りず、大学に行けない未来が鮮明に見えるので結果的には良かった?かな?
環境の変化によるものなのか責任感も芽生え周りへ細やかな気遣いを常にしている気がします。ただ大学に入ってからは調和を大事にするあまり気を遣いすぎて疲れてしまっているのではないかと心配しています。肩の力を抜いて時々飲みに行きましょう。
・二木翔太郎(HO)
ボブとの出会いは遡ること10年前。中学1年生の時にクラスが一緒でした。その時から知っていますが、当時から頭が良くて真面目なイメージでした。柔道部に所属していたので、少しお堅い感じもありました。
中学3年生の僕がラグビー部を引退した時期に高校ラグビー部の勧誘活動を始めたんですけど、その時に猛烈に声をかけたのがボブです。新しいスポーツを始めたいと言っていて、柔道仕込みで身体が強いことも知っていました。お昼休みとか放課後にラグビーボール片手に「ラグビーめっちゃ楽しいよ!一緒にやろーぜ!」って毎日言ってた気がします。みんなとの勧誘の甲斐があって入部してくれたんです。始めた頃は低く刺さってくる相手に直立のままキャリーしていました。柔道の組み合いの感じが抜けなかったんでしょうね。ボブにとっては未知の競技ではあるものの、好奇心旺盛で学ぶ意欲とスキルの吸収も凄く早くて驚きました。タックルもボールキャリーも高校生の頃から本当に強いんです。普段の姿や、ボブのつぶらな瞳からは想像もできなかったです。そんなボブも大学では眼鏡を外し、ハンサムボーイとなり、関東大学対抗戦の強豪校相手に低く刺さりまくってトライまで取ります。ユニットの練習では先輩の言っていることに納得できず、自分の意見を強く主張していることもありました。競技を始めた頃を鮮明に覚えているので、ラグビーを通して熱くなっている姿を見ると本当に嬉しいの一言に尽きます。
自分自身のラグビー生活を振り返った時に、ボブと一緒のチームでラグビーをやれて良かったと心の底から思います。普段は穏やかなボブがグランドで熱くなっている姿は高校1年生のあの頃には想像できなかったです。ボブに出会えたこと、一緒にラグビーできたこと、休日に遊びに行ったこと。全ての瞬間が大切な思い出です。そんな僕達の学生ラグビーも後少しで終わってしまいます。高校3年生の時に大事な試合のラストワンプレーで逆転トライを取り、拳を突き上げるボブの姿をまた見たい。僕も頑張る。勝って泣こうぜ。
P.S.引退したらゴルフ仲間です。週末は対戦よろしくお願いします。
<櫻井俊輔×中野竜佑>
・櫻井俊輔(分析)
ヘッドアナリスト、ムードーメーカー、伊奈の住人、同・経済学部会計ファイナンス学科4年、中野竜佑。君とはいろんな人の差し金で、2020年のクリスマス・イブに初対面を果たしました。会う前から雰囲気が似てる、似てると言われ続けた君がSuchmosと藤井風を流し始めた時には本当に縁を感じました。同じ型のコムデギャルソンの財布を色違いで使っていたり、直毛が悩みで同じ日にパーマを当ててきたり、奇跡的な出来事には驚いたことも数知れず。まぁ全然似てない所もあるんですけどね。竜佑には我が家の旧愛車プリウスを譲渡したり、急遽組まれた練習試合に一時は絶望したものの、藤井風のライブに間に合うため熊谷から新横浜まで新幹線に乗ったりと、思い返せばあれから色んなことがありましたね。
まぁそんなことはさておき、プライベート含め、度々行動が笑いのネタにされる竜佑が、分析の仕事に関しては本当に真面目に取り組んでいるということを、僕は誰よりも知っています。そして、時折見せる真剣な眼差しからは、心からラグビーを愛しているという熱い思いが伝わってきます。決してラグビー偏差値が高いわけでもない僕にとって、根っからのラグビー家庭に育ち、川越東で副キャプテンを務めたこともある竜佑には頼りっぱなしです。日を重ねるごとに尊敬の念が増すばかりで、本当に感謝してもしきれません。恥ずかしいから面と向かって言えないけど、竜佑が同期ではなかったら立教ラグビー部には入っていなかったかもしれません。しゃーなしな?今回だけな?
最後に今までの感謝を込めた一言を添えてこの文章を締めくくります。
竜佑、浪人してくれてありがとう。
・中野竜佑(分析)
愛称らいくん。多分97期で1番優しい奴です。
1年の冬、俺にめちゃくちゃ似てる奴がいるから分析に誘ってほしいと船山(4年・船山駿)に言われて、俊輔にTwitterのDMを送ったことをめちゃくちゃ覚えています。あれからもう3年経つけど、一緒に活動していく中でほんとに誘ってよかったなって思うことばかりでした。(普段は恥ずかしくて言えないけど)
先に述べましたが、僕らはよく似てるって言われます。価値観とかはもちろん、マイペースなところとかガジェットオタクなところとか服の嗜好とか抹茶好きなところとか、挙げればキリがないけど共通点ばかりなんです。でも1つ違うところがあるとすれば、歳が一つ上の僕より何倍も大人で底抜けに優しいところです。結婚するなららい君、そんな話を聞いたこともあります。その話を聞いて大きく首を縦に振ったことを覚えています。
常に物事をポジティブに捉えてどんな仕事も器用にこなす俊輔はめちゃくちゃ頼りになる男でした。映像編集で言えば彼の右に出る者はいません。仕事面で任してばかりのところもあったかもしれません。その節はごめんなさい。
持ち前のbiggieな器と発想力、器用さでスーパーコンサルタントになることを誰よりも楽しみにしてる、いやなれるよ。ポルシェ買ったら助手席は俺ね。
最大の敬意と愛と感謝を込めて、4年間ありがとう!